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by kabashima_h
 今週号の週刊ダイヤモンド(9/11号)が長野特集第16弾として「カリスマ知事への落胆」を6ページにわたって展開している。これまで田中改革なるものの旗振り、提灯役をさんざん果たしてきた同誌の豹変ぶりには驚く。

 JR長野駅前の大型書店へ行くと分かるが、週刊ダイヤモンドは長野特集をするたびにワゴンにてんこ盛りとなる。同誌は都市経済特集と称して地方都市をよく取り上げているが、おそらく長野の書店と同じような光景を各地で見ることができるのだろう。それにしても、県民意識の推移を横目で見ながら、田中知事を褒めては売り、貶しても売る、その商魂のたくましさには脱帽だ。

 もちろん、これまで田中知事賛歌を歌い続けてきた手前、手の平を返したような批判一辺倒というわけにはいかない。この特集記事から小見出しを拾うと、「改革支持者の多くから落胆の声」「知事のパフォーマンスにうんざり」「多くの県職員が知事にソッポ」と厳しいが、最後の2ページは「決して少なくない田中改革の成果」「知事職に全身全霊を傾けよ」としっかりフォローして面目を保っている。

 記事の最後は、田中知事が「政治家・実務家として自らを改革する」ための提言までしているが、その1つが「評論家・文化人としての活動を封印」せよというもので、そのために「選挙応援やテレビ・ラジオ出演、雑誌・新聞への連載はやめたらどうか」とまで言っている。ちょっと待て、かく言う週刊ダイヤモンドではWebスペシャル版の「続・憂国呆談」をいまだに連載中だ。まず隗より始めよ、ではないか。

 拙著の『脱・田中康夫宣言―変革知事よ、どこへ行く』が世に出たのは昨年3月。知事、政治家としての脆さ、危うさを指摘したが、田中ファンにはなかなかその問題点を理解してもらえなかった。このブログをつくる際、右下に拙著を並べたが(なぜか『脱・田中康夫宣言』だけ表紙写真がない)、そのリンク先のアマゾンに投稿された読者評がひどかったので、先日、下記のような著者コメントを送った。掲載までに1週間以上かかるそうなので、先にこちらで紹介させてもらう。

-------- ここから『脱・田中康夫宣言』の著者コメント -----------

 刊行時、田中ファンからは不評を買いました。ここの「カスタマーレビュー」の意見も手厳しい(しかも、ちょっと的外れ)です。でも、この本が出てから約1年半が経ち、本書で指摘した懸念が現実のものとなっています。

 7月の朝日新聞、読売新聞の世論調査では、全国で唯一、長野県だけが知事の不支持率が支持率を上回り、9月の信濃毎日新聞の世論調査では「今期限り(2期目)でいい」と過半数が回答しています。

 田中知事の「産みの親」であり後見人でもあった茅野実・八十二銀行顧問が8月半ばに知事と会談し、要望書で「『創る』面がなかなか進まず、改革が『壊し』だけで挫折するのではないかと憂慮しています」と苦言を呈し、〈1〉中央向けのパフォーマンス(目立ちたがり)を慎む〈2〉耳に逆らうことでも我慢して対話する〈3〉独善やつじつまの合わない指示をしない――などを進言しました。(9月2日付読売新聞長野版より)

 すでに今年初め、初代会長は「知事としての姿を見てもらいたいのは、県民ではなく、どこか別の場所にいる人たちであるような気がしてならない」との言葉を残して後援会を去りましたが、この疑問は本書の「功名心という私利私欲」の章でまさに指摘したものでした。また、同様に疑問を呈した「日本のスウェーデン」も、その後はマスメディアに登場しなくなりました。

 出直し知事選における大勝から2年。やぱり、あの再選が田中県政崩壊の始まりだったのでしょうか。
(2004年9月4日記)
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# by kabashima_h | 2004-09-07 15:16 | 長野県
 昨春、三重県知事を最後に政界から身を引き、早稲田大学の大学院で教鞭をとる傍らマニフェストの伝道師となっている北川正恭氏がこのほど『生活者起点の「行政革命」』(ぎょうせい刊、定価:本体1905円+税)を出版しました。三重県知事就任から数えて9年半、行政関係者は北川氏の名前を目にしない日はないほどの強烈なメディア露出度を誇っていましたが、なんと、単独での著書は初めてとのこと。「北川知事は本を書いてくれない」というのが、出版関係者の間では定評だったので、知事退任後とはいえ、この本をまとめた編集者の苦労が偲ばれます。

 本書の中で北川氏は、三重県知事時代の8年間を「新しい行政のビジネスモデルへの挑戦だった」と総括してみせますが、行政を、NPOのマネジメントなどでも最近よく使われるようになった「ビジネスモデル」と言い切ってしまうところがスゴイ。その三重改革の中身は第2章「行政システム改革」において、知事就任時にまず始めた「さわやか運動(サービス、わかりやすさ、やる気、改革)」から、これができたので安心して知事を退任できると見得を切った「政策推進システム・行政経営品質向上活動」まで詳述されています。

 興味深かったのは、やはり第3章の「首長のリーダーシップと緊張感のあるパートナーシップ」で、この中の1節で「生活者起点」と生活者重視、生活者優先との違いについて触れています。曰く、重視や優先には官主導の考え方がどこかに残っていて、「『生活者起点』は、換言すれば県民との協働(コラボレーション)を意味する」とのこと。ちなみに、この「起点」という言葉は職員との対話(ダイアローグ)を重ねるうちに、職員のほうから出てきたそうです。北川知事が職員との議論に膨大な時間を使っていたことは有名ですが、こういうことを延々と話し合っていたわけです。

 さて、北川氏が去った後の三重県では、後任の野呂昭彦知事が市町村重視路線に転じて、北川県政で減らした公共事業費が復活しつつあり、「ふつうの県に戻っている」との評も耳にします。北川改革が全て正しかったということでもないでしょうが、分権自治の現場における壮大な実験だったことは間違いありません。本書はそのレポートというわけですが、最後に北川氏は全国320万人の地方公務員に向けて「みなさんが地域の人々と協働し、『生活者起点』で新たな価値を創造していけば、この国は世界に誇れる尊敬される国になると私は確信している」とエールを送っています。

「チホウ政治じゃーなる」vol.292の「発行人より」から>
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# by kabashima_h | 2004-09-06 00:14 | 三重県