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by kabashima_h

自治の神様か悪魔か――『長野士郎回顧録』を読んで

 おもしろい本が出ました。『わたしの20世紀・長野士郎回顧録』(長野士郎著、学陽書房刊)です。著者は元自治事務次官で、退官後に岡山県知事になり、6期務めて96年に退職。99年には勲一等旭日大綬章を受勲しました。自治体職員のバイブルといえる「逐条地方自治法」の著者を長く務めたことから、「自治の神様」と呼ばれた人です。

 その神様が、その書名のとおりに、生い立ちから岡山県知事を辞めるまでの自治一筋の半生を、一問一答形式で語っているのですが、その内容が言いたい放題の独演会状態なのです。よく言えば「生きた戦後地方制度史」、悪くいえば「旧内務官僚の本音暴露本」あるいは「地方分権時代の反面教師テキスト」といったところでしょうか。

 例えば、長野知事時代に岡山県が建設を進めた旧建設省の苫田ダム(奥津町)。57年の構想公表以来、地元住民と支援組織が反対運動を続けてきましたが、長野県政6期目に、あの悪名高きダム審の「事業推進」答申を得て、着工しました。その答申から3日後に知事引退を表明しましたから、彼にとってはこれが花道だったのでしょう。

 その経緯を回顧録では「僕は全く平和裡に苫田ダムができるように段取りしました。(中略)だからいまダムはちゃんとできています。あのあとで徳島県のなんとかのダム問題とか熊本とかで問題があるが、ああいう馬鹿なやり方は駄目で、一度僕のところを研究して爪の垢でも飲んだらいいんです」と鼻高々に語っています。

 その「僕のところ」のやり方というのが、行政圧迫でした。奥津町では公共事業の補助金交付や起債の手続きが遅らされ、水没地区の事業は「二重投資になる」と拒否されました。反対運動を記録した『ダムとたたかう町』(苫田ダム阻止写真集刊行委員会編著)には「岡田幹夫町長は『死刑囚といえども処刑までは食事を与えられるではないか』と迫ったほど。だが、知事は一向に耳をかさなかった。こうして同町長は任期途中で辞表を出し、つづいて町長になった坂手可甫氏、日笠大二氏も相次いで任期途中で辞職に追い込まれた」と書かれています。3人の町長が次々と辞め、そしてついにダム容認派の町長が誕生したというわけです。

 その一方で、反対派住民の頬を札ビラで叩いて切り崩しました。年の暮れに県職員が移転先選定資金として100万円を持って各戸を回り、その2年後には宅地取得資金として1世帯平均2000万円の貸し付けを始めました。さらに5年後には国の補償とは別に協力感謝金名目で1世帯500万円を交付することを決めたのです。

 これを「平和裡」と形容する大物自治官僚の神経には呆れるしかありません。かつて、「ストップ・ザ・苫田ダムの会」代表の矢山有作元社会党衆議院議員が「あれほど緻密で計画的で狡猾に圧力を加えた知事はほかの県にはいない。地方行政に通暁しているからできたわけだが、あれは自治の神様なんかじゃない。悪魔だ」と評したほどです。

 この回顧録は、読みようによっては興味深いです。かつて何度も取材を申し込み、そのたびに断られてきた私としては、このような形であれ、その本音を垣間見られることを楽しみ、かつ「ナニ言っとんねん」と突っ込みをかましながら読んでいます。

 岡山県の知事選が7日に告示(24日投開票)されました。長野知事退任後、県財政が逼迫していることが明らかになり、その後8年間、再建に取り組んできましたが、借金はいまだに全国ワースト1です。神様もずいぶんと罪なことをしたものです。

メルマガ「チホウ政治じゃーなる」vol.297の「発行人より」から
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by kabashima_h | 2004-10-12 12:18 | 岡山県